壁の一面を占領しているはめごろしの窓。そっと手を当ててみると硝子越しの冷気が突き刺さり、竜崎は軽く眉を寄せて一歩退いた。
 冷えて赤く染まった指先をシャツに擦り付けてから彼を撃退した窓へと視線を戻す。磨き上げられた硝子にはぼさぼさの髪に酷い猫背の男が映っており、恨めしそうに此方を見ていた。

「負けませんよ」

 ぼそりと呟いて再び窓際へと寄る。同時に窓に映った男も近付いてきたが、竜崎の目はその男を通り過ぎて地上へと向けられた。




  メクリ





 
コンクリートのジャングルにあって一際高い位置に座しているこの部屋からは、常日頃から華々しい夜景が観賞出来る。しかしここ最近、地上は今まで以上に派手な光を放っていた。
 緑、赤、黄色、白。様々なライトが点灯・点滅し、波のように広がっていく。
 じっと見下ろしていた竜崎は、光の洪水に飲み込まれる様な錯覚を覚えて細く息を吐いた。



「・・・・何見てるんだ?竜崎」



 突然声をかけられて視線を上げる。振り向かなくても分かる、まだ何処か大人になりきれていない幼さを含んだ声音の持ち主。
 果たして硝子には、自分の姿の後に首を傾げながら歩み寄ってくる月の姿が映っていた。

「いえ。最近下がやけにキラキラしているなぁ、と」

 呟かれた言葉にああ、と頷きながら月は竜崎の隣に並び立つ。
 あっさりと先の竜崎と同じ様に窓に手を付きながら地上を見下ろした月の指先は、少しも冷たそうには見えない。内心不思議に思って再び手を伸ばしてみた竜崎だったが、やはり触れた指先は冷気の攻撃にあっという間に赤く染まってしまった。

イルミネーションだろ。クリスマスだし」
「・・・・ああ。もうそんな季節ですか」

 
ほんの少しだけ悔しく思い、ふい、と踵を返した竜崎はソファに腰掛け膝を抱えた。殊更つまらなさそうに、シュガーポットから角砂糖を摘み出し口へと放り込む。
「そう言えば、松田さんが何やら浮かれていました。・・・・けれど、一体何がそんなに楽しいんですかね?」
 
竜崎を追って振り向いた月は、二つ三つと角砂糖を放り込む様子に軽く苦笑して窓硝子に背を預けた。
「まぁ、恋人同士の一大イベントでもあるしね」
 
松田さんに彼女がいるかどうかは知らないけど、要は楽しむ日だって事じゃないか?
 
含み笑いを漏らして、背を預けたまま再び地上へと視線を巡らせる。次に耳に飛び込んできた台詞に、月は思わず噴出しそうになった。


「単に、一人のおっさんの誕生日だってだけじゃないですか」
「おっさ・・・。宗教にもなっている偉人だぞ?国によっては神聖な日でもあるだろうに」
「はぁ・・・・」


 
気のない返答が噛み砕かれる角砂糖の間をぬって零れ落ちてくる。
 
世界の探偵にとっては何の感銘も与えない日であるらしい。肩を竦めた月は、それでもその探偵とクリスマスについて会話を繰り広げているという状況に、僅かな笑みが浮んでくるのを禁じ得なかった。
 
どうせならとことん話を広げてみよう、と口元を緩めたまま言葉を繋ぐ。

「良いじゃないか。人恋しくなる季節に神秘的な人物が生まれた日。何か特別な感じがするだろう?」
「処女受胎・・・・ですか」

 
緩やかに微笑んだままの月とは対照的に、竜崎が不満そうに眉を顰める。

「大体それだって気に入りません」
「処女受胎が?どうして」

 
清らかな女性が清らかなままに救世主を授かる。それの何処が気に入らないというのか。
 
それとも兎に角反論したいだけなのか。判断が付かずに月は窓の外を眺めたまま首を傾げる。それをちらりと見遣った竜崎は不機嫌そうな表情のまま、五つ目の角砂糖を口へ放り込んだ。



男女の愛情からでもない。突然一人の女性に授けられた、なんて。それだけで特別な存在として育てられて。それで彼は、本当の愛情なんて知る事が出来たのでしょうか」



 
思いがけない内容に月は驚いて視線を竜崎へと戻した。
 
まさかこの男の口から「両親の愛情」なんて言葉が飛び出すとは。しかも彼の口にした内容は本当の愛情を知らない人間が誰かを救い導く事など出来るのかと、そう言っているようなものだ。
 
普段、極力感情を出さないようにしているとしか思えない彼が。

「神様が彼を愛していたのかもしれないよ」
「だとしたら、神は愛し子に苦痛と苦難ばかりを与えるサディストという事になりますね」

 
驚きを隠しきれないままに返した月の言葉に、すかさず竜崎が答える。その何処までも捻くれた回答に、とうとう月は苦笑した。


 
大体彼は何を拗ねているのだろう。
 
唯一心を許しているらしい人物が彼の「ちょっとした頼み事」とやらで不在の為か。

 
それとも。

 
月がミサから「二人きりでパーティーをしよう」と誘われて、是と応えた事に対してなのか。


 
もし、後者であったなら。
 
嬉しくない、と言えば嘘になるだろう。それともそれはただの自惚れだろうか。


 
寄りかかっていた窓から背を離し、そっと近付いて髪を撫でてみる。竜崎の肩がびくりと揺れた様に見えたが、髪に触れる手は払い除けられなかった。
 
俯いた竜崎の顔はぼさぼさの髪に隠されて表情が窺えない。
 
ただ、膝を抱えて蹲っている竜崎は酷く心細そうで。


 
 
自分の足を握り締めている手をほんの少しだけ伸ばせば、僕はここに居るのに。

 
少しだけ顔を上げて視線を交わしてくれれば、僕は傍にいると誓うのに。



 
けれどこの男は決して自分から甘える事はしないのだ。

 
月は少しだけ寂しさを覚えて、淡く微笑んだ。
 
髪を撫でる手を止めて、頑なに膝を抱える竜崎の手の上に添えてみる。

 
今度は驚くのは竜崎の番だった。自らの手に重なる温もりに顔を上げると、覗き込むようにしていた月と視線が合う。
 
何故か寂しそうに微笑んでいた月は、竜崎と視線が絡むとその儚さを拭い捨てて穏やかな笑みへと変えた。

「じゃあこう考えてみたら?」

 
視線を外さぬままに笑みを深くして、添えた手を強く握り締める。

「両親の愛情から生まれたわけではない彼は。若しくは神に愛されながらも苦痛ばかりを与えられた彼は」

 
持ち上げた竜崎の手の甲に、そっと唇を寄せる。



「せめて自分が生まれた日には、人々に穏やかな愛情を伝え合い、感じ合える日となる様に願った、と」



 
囁いて顔を上げた月は、片手で竜崎の手を握ったまま、もう片方の手を頬へと伸ばす。
 
暫く沈黙していた竜崎は月の言葉にすい、と目を細めて、自分から頬を摺り寄せた。



「・・・・・それなら悪くない、かもしれません」



 
その言葉を合図に。
 
薄暗い部屋の中に差し込む月明かりが映し出す二つの影が、一つに重なり合った。

















「まぁしかし、結局は誰某の誕生日と言うより、どこぞの企業の戦略なだけなんですけどね。クリスマスって」

「・・・・・・・・・・・・・・君はもう少しデリカシーってものを学んだ方が良いと思うよ・・・・・・・・・・・・」






月L(と言うほどの内容でもない)でメリークリスマス!
そう言えば月Lで甘いのは書いた事なかったなぁ・・・と思い出して、クリスマスはこれだー!とばかりにアップしてみましたが。

色々とあり得ない二人になりました・・・・。

そしてミサミサ日付が変われば誕生日だって言うのに可哀相。
でも諦めて。此処は腐サイトだから(笑)

それでは最後まで読んで下さり有難うございました〜!
(’08.12.24)

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