「おめでとうって、言って下さい」
「「「・・・・・・・・・は?」」」
大切な貴方に精一杯の祝福を。
いつもの様にモニターを凝視していた竜崎が、くるりと椅子を回転させてからおもむろに口にしたのは、そんな言葉だった。
唐突過ぎる要求に、その場に居た人間達が揃って間抜けな声を上げたとしても仕方のないことだろう。
「祝うのは構わないけど・・・一体何がおめでとう、なんだ?」
月が当然と言えば当然の疑問を投げかける。
傍にいた松田は同調する様に大きく頷き、他の刑事達も露骨に顔には出さないものの、内心は同じ思いであろう事は容易に伺えた。
(自分達にとって)何の前触れもなくいきなり目の前に展開される竜崎の言動には慣れたと思っていたが、矢張りまだ修行が足りない。
そんな微妙にずれた自戒を総一郎がしている間に、竜崎は机の縁を軽く蹴って飲み物やお菓子が置いてある中央のテーブルまで椅子に乗ったまま近付いてきた。追ってくる視線を感じながら、テーブルの上の金属の串を摘み上げる。
「いえ。いつも7個が限界だったお菓子串が、遂に8個と言う最高記録を更新したものですから」
味に飽きがこずに、見た目的にも違和感のない絶妙なバランスの、正に究極の串が出来上がったんです。
無表情のまま熱弁をふるうと言う器用な真似をした竜崎は、ひらひらと摘んだ串を振って見せた。
「ま、もう食べてしまったんですがね」
「・・・・・・そういう時は普通、食べる前に見せるだろう・・・・・」
祝福を請う位なら、と呆れた様な呟きに「そうですね」とこれまた無表情に返す。
そしてまたくるくると椅子を回転させ始めた竜崎に、一同は苦笑するしかなかった。
「まぁ・・・・おめでとう、竜崎」
「おめでとうございます〜。今度は見せてくださいねー!」
「ああ・・・おめでとう」
「おめでとう」
「はい。有難うございます」
口々に告げられた言葉に、初めてほんの少し笑みを浮かべる。
そしてもう一度椅子を回転させてからモニターの前に戻った竜崎は何事も無かったかの様に仕事を再開し、一同へは休憩を取るよう勧めてきた。
始まった時と同様、唐突に終了した話題に月達は首を傾げながらも一人、また一人とその場を後にしたのだった。
「貴方が他の方から言葉を貰いたがるとは珍しいですね」
最後に遠慮がちに月が部屋を出て行った後、軽く溜息をついた竜崎を柔らかく温かなダージリンの香りと、それと同じ位に温かい声が包み込んだ。
「ワタリ」
「私からだけでは物足りなかったですかな?」
若干のからかいを含んだ言葉に、僅かに頬を染めて俯く。
内容とは裏腹に、他人へ近付こうとした自分を微笑ましく思っているだろうワタリの声音に、竜崎は何とも言えないむず痒さを感じてもじもじと落ち着きなく足の指を動かした。
「別に・・・・。何となくだ」
「何となく、ですか」
「そうだ。家族以外の人間とこの日を迎えるのは初めてだったから」
「・・・・・・竜崎」
『家族以外とは初めて』
とうに二十歳を越えた青年としては「変」と言う部類に入るかもしれない。
今日という日に、今まで家族以外から言葉を貰った事がないなど。
そうならざるを得ない彼の立場を、悲しく思い。
そうならざるを得ない立場に追い込んだ自分を、恨めしく思い。
それでも。
そんな感情を払拭する程の喜びが、ワタリを満たしていた。
家族、だと。
彼は確かにそう、言った。
血の繋がりはなくとも、信じられる絆がそこにあるのだと。
無条件に愛し、愛される資格を得たのだと。
そう、言ってくれたのだ。
何という感動。
何という喜び。
贈り物を貰うべきは彼の方であるのに。
打ち震える胸と熱くなる目頭を懸命に押し隠して、ワタリは彼の前にティーカップとケーキを乗せた皿を並べる。
たっぷりと絞られたクリームに埋もれるように鎮座する大きな、赤い苺。その隣に小さなチョコレートで作られたプレートが一枚。
彼がくれた贈り物には遠く及ばないけれども。
「誕生日おめでとうございます。貴方が生まれてきてくれて、とても嬉しい。・・・・・・・エル」
本名で呼ばれて驚いたように顔を上げた竜崎は、目の前のケーキと微笑みかけるワタリを交互に見遣った後、擽ったそうに肩を竦めた。
「ありがとう。・・・・・・キルシュ」
ワタリは毎年、この日にケーキを作る。そして必ず乗っている一枚のプレート。
今年は二人きりではない為、目にすることは出来ないと思っていた。
そっと指を伸ばして茶色い板に書かれた文字に触れてみる。
「でも」
滑らかな表面は竜崎の指先の温度で僅かに溶けて、いびつに歪む。
「これは誰かに見つかる前に食べてしまわなければいけないな」
悪戯っぽく呟いて摘んだプレートを目の高さまで持ち上げた竜崎は、子供の様に無邪気な笑顔を浮かべた。
穏やかに見守るワタリと視線を交わし、口の中に放り込む。
ふわりと口内で溶けたチョコレートはとても甘く、幸せの味がした。
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