君は死なねばならなかった。
『L・・・』
『キラ・・・』
『必ずお前を探し出して始末する』
『僕が』
『私が』
『正義だ!!』
テレビ越しに放たれた宣戦布告。
そこから始まった究極のゲーム。
勝者が手にするのは、敗者の命。
こんなに面白い事は、ないだろう?
「君と僕は酷く似ているそうだよ」
モニターを食い入るように見つめ、両手の人差し指だけとは思えないほどの速さでキーボードを打つ竜崎の隣で、僕は紅茶のカップを手にして口を開いた。
手を止めてきょろりと瞳だけを向けた竜崎の顔はどこか不本意そうで、それが僕の笑みを誘う。
「酷いな。そこまで嫌がらなくてもいいだろう?」
ポットからまだ温かい紅茶を注ぎ差し出す。受け取った竜崎は、僕が自分の分を注いでいる間に取っ手と淵の境目に角砂糖を5個積み上げた。
6個目を摘み僕に勧めてきたが、生憎僕はストレート派だ。丁重にお断りする。
所在無げに彷徨った手は暫く逡巡した後、彼の口元に運ばれた。直接角砂糖を口に含み、次に空いた手で積み上げられたそれを弾く。5個の塊は狙った様に全て琥珀色の液体の中に崩れ落ちていった。
「そんなに似ているとは思えないんですが」
スプーンの柄の端を摘む独特の持ち方で紅茶をかき混ぜた竜崎は、気の抜けた表情で親指の爪を噛みながらぼやく。
「そう?」
「ええ。月君は甘いものは余り好まれないでしょう?私は好きですし、それに」
こくりと紅茶を一口飲み下して何処か不満そうに動きを止めると、更に二つの角砂糖を放り込む。
「月君は人望もありますし、友達も多いでしょう?確かに頭の回転に関しては私と似た部分があるとは思いますが」
それ以外は似ているとは思えません。
呟いて竜崎は再びモニターへと視線を戻した。
「随分と自分を貶めた表現をするんだね」
「卑下ではなく、客観的に捉えた事実を述べただけです」
ふい、と視線を外してモニターに向き直る。ぎりぎりまで光源を落とした部屋の中は薄暗く、モニターから漏れる光が元々白い竜崎の顔を更に青白く浮き上がらせていた。
膝を抱えた窮屈そうな座り方。触れれば折れそうな位、細い身体。ぼさぼさの髪の間から濃い隈に縁取られた瞳が覗く。感情を窺わせない深い闇色の瞳。何者からも逸らされない、真っ直ぐな。
それだけなら、きっと僕はその瞳を壊したくて堪らなくなっていただろう。
感情を表さないのならば、あらゆる屈辱を与えて歪ませたい。
真っ直ぐに見つめてくるなら、同じだけの強さで迎えて叩き折ってやりたい。
そうしないのは、それだけの理由があるからだ。
恐らく僕だけが気付いている。彼の瞳の中に潜む一つの感情を。
即ち、退屈。
その感情はあるキーワードを与えると息を潜める。
僕だけが与える事の出来るキーワード。
即ち、『キラ』
僕だけが。
僕だけに。
それは逆も同じ。
竜崎も気付いているだろう。僕の中に在る退屈という感情を。
打ち消すために必要なキーワードは『L』。彼にしか与える事の出来ないものだという事を。
「竜崎」
カップを置き、一歩近付く。休む事の無い指先にもう一歩。向けられる事のない瞳に、更に一歩。
「何でしょう」
肩に触れそうな距離になって漸く、抑揚のない返事が届く。
「やっぱり僕達は似ていると思うよ」
腰を落とし、耳元で囁く。不審そうに振り向いた竜崎に、僕はにっこりと笑って見せた。
「僕達はこの世界に退屈している。何時だって何か面白い事はないか、自分を駆り立てるものはないか、探し続けている」
見上げる竜崎の口元が、不意に吊り上げられる。深い闇色の瞳は、存外強い輝きを放っていて。その瞳の中に自分が映り込んでいる事に、酷く興奮した。
吊り上げられた少し厚めの下唇に、細い指先が押し当てられる。
「そして君は、私を見つけた・・・・?」
ああ。
全身を震えにも似たものが駆け巡る。今ここでその細い身体を組み敷いて、全てを滅茶苦茶に出来たなら。余裕めいた笑みを砕く事が出来たなら。
けれどそれは「夜神月」の役目ではない。
「そうだね。竜崎と話すのは楽しいよ。他の友人とは比べ物にならない」
友人という仮面を外してはならない。
今は、まだ。
「キラも・・・」
すっと表情を消した竜崎が、唇を弄んだまま言葉を紡ぐ。
「キラが人殺しを行うのも、退屈だからでしょうか?月君」
ほら。だから君との会話は退屈しない。
空になったカップを逆様にして底に沈んだ砂糖が滴るのを舌で受け止めながら、竜崎の視線は僕から離れない。
ほんの僅かな綻びを見つけようと、疑問という形で繰り出された糾弾。若しくは罠。
この程度で僕の仮面が崩される事はない。もちろんそれは竜崎だって分かっている。これは戯れにも近い、ただの会話だ。
「さぁ・・・。僕には分からないな」
「分からないですか」
「ああ。僕はキラじゃないからね」
交わされる稚拙な会話。その裏で行われる密かな攻防。命がけのゲーム。友人という立場のままで微笑む僕に、真実を隠して向かい合う君。
互いが手にしている退屈と言うカードは二人の間ではその意味を失う。
「前言撤回です。月君。私達は確かに似ていると思います」
唇を弄んでいた手を離し、人差し指を真っ直ぐに立てる。そのまま竜崎は、その手を伸ばして僕の唇に押し当てた。
そして笑った彼の顔は。
「嘘吐きな所は、そっくりです」
今までにない程、僕の心を震わせた。
「竜崎!」
スローモーションで倒れて行く彼の身体を支えたのは、多分。
彼の命が失われる重さを、誰にも感じさせたくなかったから。
消え失せる光を僕のものだけにしたかったから。
竜崎。お前だけが本当の僕を見つけた。
僕だけがお前の深淵に触れる事が出来た。
流河。
竜崎。
L。
君は死なねばならなかった。
けれど、君は死んではならなかった。
君を手放した世界はこんなにも
素晴らしく。
そして、こんなにも退屈だ。
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