強引で手段を選ばない彼に対して、反発する人が多かったのは確かだけれど。
 その揺るがない心に、惹かれる人が居たこともまた、確かなのだ。


 幻糸幻惑


「竜崎は嫌になったりしないのか?」
「・・・・・・・嫌?何が、ですか?」
 ぼそりと呟いた僕の言葉に、彼は無表情のまま軽く首を傾げた。

 焦点があっているのかいないのか、ぼんやりとした瞳が苦手だと、何時だか松田さんが言っていた。それは多分、瞳自体が苦手なのではないと僕は思う。
 
竜崎は人と話す時に、真っ直ぐに相手の目を見詰める癖がある。松田さんの言う所のぼんやりとした瞳の奥に自分の感情を隠したまま、相手の気持ちを引き出そうとするから苦手なのだろう。
 やましい事があろうが無かろうが、普通人はさほど親しくない相手に自らの心中を暴かれることを嫌う。けれど竜崎は、まず最初にそれを行うのだ。そしてその結果を口にすることを躊躇わない。
 
これでは確かに、苦手意識や反発的な感情を抱いたとしても仕方が無いと思う。現に、松田さんは苦手だと思っているし、相沢さんに至っては反抗的な態度を隠そうともしていない。
 
けれど彼等は此処に居る。正義感からでもあるのだろうが、恐らくはもっと別の理由。


 感情を見せない竜崎ではあるけれど、心が。
 心だけは真っ直ぐに、迷わずに、たった一つを目指している事がはっきりと分かるから。


 捜査本部に招かれてから既に数日が経っている。それぞれの思惑は別として、僕等はそれなりに上手く付き合ってこれたと思う。
 まぁ、当初は確かに竜崎の瞳が苦手・・・・と言うより鬱陶しい、と思ったりもした。
 僕等は互いに追う側であり、追われる側であり、決して相容れない者同士だとも思っている。
 それでも僕は、竜崎と共に居ることが苦痛だと感じたことは無かった。
 それも恐らく、彼等と同じ理由なのだろう。


 理由。――――竜崎の心の在り様に、強く惹かれたから。


 有力な情報を手にする為だけじゃない。
 
惹かれたから、ここに居る。
 惹かれたから、知りたいと思った。


 彼が世界を、人を。
 
嫌になったりしないのか、と。


「何がって、人を。・・・・・・世界を」
 無言のまま答えを求める竜崎の視線を受けて、僕は曖昧な笑みを浮かべた。
 欧米人にとって、日本人のこの「曖昧な笑顔」はひどく奇妙な表情に見えるらしい。何を考えているのか分からない、何を言いたいのか分からない、といった感じなのだろう。
 竜崎がどういった国の血をその身に宿しているかは知らないが、外見から察するに東洋の血も流れているかもしれない。ならば純粋な欧米人よりも、この日本人特有の笑顔も比較的受け入れやすいだろう。
 なんて、愚にもつかないことを考えながら答える。

 予想通りというか、逆に相手が如何なる表情であろうと関係ないというか、竜崎はさして気にした風でもなく僕の言葉を口内で反芻していた。
「・・・・人・・・・世界・・・・」
「そう。竜崎は今までも『L』として色んな事件に係わってきたんだろう?」
 ゆるゆると息を吐き再度問うと、こくりと頷きが返ってくる。
「凶悪な事件ばかりを追って、人間の醜い面ばかりを見て。人というものが嫌になったりしないのか?」

 少なくとも、僕は絶望した。
 悪人が正しく裁かれない世界に。
 欠片も後悔したりせず、飽きずに同じ罪を繰り返す屑達に。

 だからこその新世界創世だ。
 正しい者達が正しく生きられる世界。
 真なる平和。

 その為の、キラ。

 恐らく僕よりももっと醜い世界を垣間見ているはずの彼は、僕よりももっと世界を見限っているのではないだろうか。
 そう思っての疑問だった。その間、竜崎はいつもの彼らしく、全く視線を逸らさずに僕を見詰めている。
 もう苦手ではない、彼の真っ直ぐな視線。強く惹かれる、真っ直ぐな心。
 それは本当に今の世界を是としているのか。

「・・・・・たまにはね。嫌になったりもしますよ」

 不意に強い視線が外された。僅かに俯いた竜崎の口元には見慣れない笑みが浮んでいる。
 少し困ったような、寂しいような、笑みが。
「そうだろう?」
「ええ。この世界は決して綺麗なわけではありません。許しがたいほど醜い人間が居ることも事実です」
 やはりそうだ。彼は今の世界を是としていない。何かが間違っていると、知っている。
 ならば、追い追われる二人は、同じ未来を見ることが出来はしないだろうか。『L』は『キラ』の理想を理解出来るのではないだろうか。
 しかし、竜崎の言葉によってほんの僅かに浮んだ希望は、同じ彼の言葉によって打ち砕かれた。


「けれど、だからこそ。時に触れる人の優しさや思いやりが、愛しく思えるんです」


 例えば誰かを守りたくて、自ら闇へと堕ちる人が。
 誰かのために流される涙が。
 大事な人が傷付けられて湧き上がる怒りが。
 大好きな相手に向けられる笑顔が。

 自分ではなく、誰かの為に。
 時に激しく、時に静かに。揺れる人の心が愛しくて堪らない。


「その為ならば、私は全力を尽くすと。・・・・誓います」


 見慣れない笑みは消え去り、真っ直ぐに向けられるのは強い瞳。
 僕達が交じり合うことは無いと、はっきり分かる。やはり彼と僕は敵同士でしかないと思い知らされるには十分な。

 僕達は分かり合えない。交わることは決してない。

 君の瞳はいつか光を失う。
 君の心はいつか道を閉ざされる。
 僕は其の為に此処に居る。


 それでも、その揺ぎ無い心に強く惹かれる。


「月君?どうか、しましたか?」
 どれだけの時間黙考してしまっていたのだろう。不思議そうな竜崎の声に我に返る。
 パチリと瞬きをして声の主に視線を流すと、深淵を窺わせる瞳が真っ直ぐに見上げてくる。自分の心は隠したまま、相手の心中を探ろうとする、いつもの彼の瞳。
 最初は鬱陶しかった、彼の心の在り様を知った今では違う感情を覚える、真っ直ぐな。
「何でも、ないよ」
 答えた僕はやはり曖昧な笑顔を浮かべて。受け取った竜崎はやはり無表情に首を傾げた。



 竜崎、君は。
 
キラを絶対悪として追う君は、こんな歪んだ世界でも、救いがたい人間が溢れる世界でも、守りたいと思うんだね。
 真実かもしれない。けれど気紛れかもしれない。そんな不確かな人間の優しさを大切に抱え込んで。


 ならば。
 ならば君は。

 僕が僕の理想のために君を殺したとして。

 
その後に死んでしまった君を想って涙を流せば、許してくれるのだろうか。
 





 ―――――――愛しく想って、くれるのだろうか。






相変わらず糖度の低い月L。
でも別にこれでいいと思うんですよね。(開き直った)
想い合っていてもある種の緊張感が漂っている二人が好きですヨ。

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